SF奇譚[天狗の麦飯・前編] 詳解「天狗の麦飯」 Top・序 

  第1部 @概要
       A調査研究
       B踏査報告
  第2部 SF奇譚「天狗の麦飯」
        前編/後編
 

第1部 SF奇譚 「天狗の麦飯・前編」    作:Ameha Brothers

   ※この物語は登場人物をはじめ、あくまで空想の世界での夢物語であることをご了承願います。


                                   

[第一章 天明6年=1786年 太吉]

 炭焼き源造のせがれ太吉は、裏山を駆け巡っては木の実を拾い山菜を集めるのが生業(なりわい)だった。すでに冷害による飢饉は3年にもわたり、山の民も里の民も極度の飢えに苦しんでいた。空を覆う塵灰にさえぎられた日の光は薄く、夏もこないうちに秋が訪れてきた。天明3年に始まった浅間山の噴火は、はるかな上空にまで噴煙と灰を撒き散らし、世界的な規模での異常気象を引き起こしていたのである。枝に残っていたわずかな木の実も地に落ちると、たちまちリスやネズミに拾われ姿を消していった。

                               

 霜が来たにしてはミズナラやクヌギといった雑木林の色づきは悪い。だが、ジコウボウや紫の美しいコノハカブリなどのキノコがそこかしこに姿を見せているのは救いだった。なぜかクリモタシと呼ばれるナラタケだけは、いたるところに顔を出してきた。クロマメとコケモモの実を少し・・と、庄屋様に頼まれた太吉の足は、他の人の訪れることもない奥山へと向かっていた。昼を過ぎたこんな遅い時間に山へ向かったのは、病弱な幼い妹ネネの笑顔を見たかったからである。米の飯を一粒でも・・いや、たとえアワでもトウモロコシであっても・・、腹いっぱいに食べさせてやりたかった。ブナの深い林を過ぎうるさい潅木帯を抜けると、白い雪をかぶった遠い越後の山々を望む溶岩礫の台地に出た。葉の色づき始めたばかりの低い茂みの群れは、まだ鳥たちに荒らされていなかった。黒く光るクロマメの小さな粒をかがみこんで摘みとるのだ。熟れた一粒を口に含むと甘酸っぱい味覚に、ささやかな幸せがただよう。吹きすぎる冬の前触れの風に、たちまち指先は冷えて感覚を失ってくる。何度となく息を吐きかけても、ぎごちない動きの指先からは黒い粒がこぼれ落ちる。

                  

 クロマメもコケモモも庄屋様に届けてアワやイモに交換してもらうのだ。飢饉が長引くにつれて受け取る割合はどんどん減る一方であった。それでも太吉には山菜を取りつづける他に生きる道はなかった。わき目もふらずに一刻ほど摘み続けると、腰篭には半分ほども黒い耀きが満ちていた。700匁は越すだろうから、イモの3貫匁くらいは貰えるだろうと、太吉は心の中でほくそ笑んだ。傷を負いマタギから身を引いて黙って炭を焼く親父。針仕事に家事にと優しい笑顔の妹。そして太吉の三人の一家ではなんとか3、4日は食えるはずだ。思ったより得られた収穫を心の中で山ノ神に感謝した。太吉は家の裏手の山ノ神の祠にネネと共に手を合わせ、ありあわせの供物を捧げるのが日課だった。

                                 

 急に疲れとのどの渇きを覚え、重くなった腰篭をそっとはずした。そして、ネネの手渡してくれた竹筒の水を飲もうと、地べたに尻をおろした時だった。グシャと、気色の悪い尻の感触に太吉は思わず飛びずさった。クマの糞だ! あわててクロマメの低い茂みの向こうを、中腰のまま見透かした。夕陽に染まりはじめた頂へと続く礫の斜面には、何一つ動く影は無かった。ほっと安堵の吐息をつき太吉は竹筒の水に口を寄せた。こんどは右足がヌルッと横に滑って、不意をつかれた体はぶざまにも仰向けに倒れこんだ。だが、投げ出された竹筒から水がこぼれていくのを目で追いながらも、クロマメの実のつまった腰篭はしっかりと胸に抱いていた。

 冷や汗をぬぐって起き上がった太吉は、竹筒の水の残りを一息に飲み干してから、足元に目を移した。ンン?これはクマの糞ではない。なんとも不思議なものを太吉は見たのだった。薄く透き通る膜に包まれたカエルの卵のような・・。白にも赤にも黄色にも紫にも青にも・・天女の衣のように変わっていく虹の色を・・その中に確かに太吉は見たのだった。すでに秋の日は暮れなんとしていたが、西の山にかかる低い雲は、太吉にもう少しの時を与えようと微笑んでくれていた。

            

 黄金色に染まった雲を振り仰いだ太吉は思い出した。そうだ、亡くなった婆さまが言っていたモノにちがいない。「お天道様が顔を出してくれなくて・・ 稲や麦がとれなくて・・ みんなが困っているときには・・ 山の神様が・・ いつもお供えをしてくれたお礼にと・・ きっと贈り物をしてくれる。野山の笹は穂を出して実をつけ・・ ネズミやヘビ、コオロギやバッタだって・・ 人様に食べてもらおうと・・ きっとその身を捧げに出て来る・・。そして・・ 病に負けない気を育てる・・ 蓬莱の妙薬ともいわれる・・ <糠の土>を天狗様が高い山に作ってくれる・・」と。

 太吉は浅い礫に埋もれた寒天に似たモノ・・を慌てて手に掬い上げた。ヌメッとした表層の下は茶色がかった麦味噌のようである。剥き出しのところは形は崩れてやや色づき、ボソボソと風化して糠のようにも見える。太吉は着ていた筒袖を急いで脱ぎとり、広げたその中へと両手で何杯も掬いこんでいった。粗い岩肌やいばらは、草履からはみだした足の指やくるぶしを痛めつけた。だが、山を下る太吉の心は明るく熱く燃えていた。すでに闇の帳(とばり)はあたりを深く包み、北辰のにぶい耀きだけが標(しるべ)だった。(北辰:北極星)

 息を弾ませながら叩いた庄屋の雨戸は、あたりに大きな音をひびかせた。いぶかしげに顔をのぞかせた庄屋様だったが、太吉の抱えたクロマメの篭から筒袖の包みに目を移した途端、すっと眠い表情が消えた。こわばった顔の中で小鼻だけがピクピクと動いている。我にかえった庄屋様は突然に土間の太吉の腕を取ると、ズルズルッと奥の間にまで引き込んだ。そして、この包みのことは家族にも誰にも内密にすること。明日からは庄屋の山の見回り役に取り立て、それなりの手当てを与えるから・・勝手な行動は差し控えるように・・と、慎重な口調で申し付けた。いぶかる太吉にきびしい顔を向け「この包みのモノはお前たち下賎の者には関係は無い。お上の貴いお方だけが必要とされるモノなのである。お前はこのことは絶対に他言せず、私に命じられたときにだけ密かに取ってくること」と言うと、いつもより多目のイモに一袋の米を加えて手渡した。

 この日から太吉は庄屋のお抱えの山廻り役に昇進したのである。わずかとはいえ山菜取りなどでは得られない俸給を手にする身となったのである。幸せを掴んだかに見えた太吉ではあったが、その年の暮れも近い雪の日に一人の修験者が庄屋様を訪ねてきた。翌朝、呼び出された太吉は山への案内を申し付けられた。

                             

身支度もそこそこに、三人は雪の舞う山道を遠く高い山へと登っていった。雪は絶え間なく降り続き、深く刻まれていた三人の足跡もしだいに埋もれ、やがて日暮れと共に消えていった。すべてが雪に飲み込まれたまま・・そのまま・・年が暮れた。

そして、そのまま・・年が明けた。やがて、その山里にも何事もなかったかのように春がきた。暖かく降り注ぐ陽の光りに、芽吹いた草木は大きく育ち、畑も川も森も明るく耀いていた。

                        

いくつもの炭俵を背負った源蔵の後ろ姿が、よろめきながら里への道を下っていった。祠に寄り添って身じろぎもせずに立ちつくすネネのウツロな瞳には、頂にかかる雲の茜が映っていた。唇だけが時おりわずかに震えて見えた。

生きもののように走り耀き姿を変え息をしていた雲が闇に沈むと、ネネのか細いシルエットだけが星明かりに淡く浮いた。

                                       



                

[第二章 白亜紀前期(1億年前) ギャラクシーの旅人]

    宇宙船 Nebula・egg    from CRL2688 

「The planet of the water N36-26-32 E138-25-37」
「火山帯 エネルギー源 生存条件 可」
「着地 OK」

「火山性硫化砒素 不適切」「紫外線 過多」「・・」
「Nebula・egg浄化機構 スタンバイ」「・・」
「短期浄化不能」「・・」

「バイオケミカルクリーナー設置」「・・」
「環境馴化コロニーテスト スタンバイ」「・・」

白鳥座の方角に地球から3000光年の卵星雲CRL2688から、移住先を求めてやってきた旅人たち。この地を彼ら好みの環境に変えるためにと、硫化バクテリアなど数多くの微生物のコロニーをこの地に植え付けた。そして、浄化と馴化のテストの結果を3500万年後に設定すると、そのまま飛び去っていった。


                  

[第三章 弥生時代前期 BC219 蓬莱の山を求めて]


徐福は故郷の地を離れ、はるか東の海に浮かぶ神山を目指しす再度の旅に出た。始皇帝の求めてやまない不老不死の秘薬を何とか手に入れたいと願っていた。いや、始皇帝の命を利用して己の野望をかなえようとしていたとも言われている。徐福は方士であった。方士とは呪術,祈祷,薬剤,占星・天文などの諸学に秀でた学者の称である。

徐福は中国を出るときには抜け目なく,稲などの五穀の種子や金銀・農耕機具やそれらに伴う技術なども持ち出していた。彼の目指す蓬莱の山とは、まだ縄文時代から弥生時代へと変わろうとしていたばかりの日本にあると信じていた。彼らは一族郎党を含めて3000人という大きな集団であった。秦の始皇帝の横暴に嫌気がさしていた徐福には前回の渡海の失敗に懲りて、再び戻ることのない身支度をして来たわけである。機織り職人,紙職人,農耕、漁業、木工、製鉄、造船といった生活関連の技術者を乗せていたことからも、中国を離脱し日本に定住してユートピアを作ろうという意気込みが感じられる。九州から四国、紀伊半島と旅を重ね、富士の裾野に安住の地を定めたという説もあると同時に、日本海を北上した一派もあったという。


           

[第四章 新生代6500万年前 再訪]
     宇宙船 Nebula・egg] 

「テスト地点確認」
「着地 OK」「・・」

「なんて寒い 居住性不良」「・・」
「バイオケミカルクリーナー 火山弾により破損しています」
「馴化テスト機材など 同 破損」「・・」
「各種細菌叢 脱走先で変種し増殖中」
                               
「アンモナイト 恐竜 異常繁殖中」「・・」
「Nebula・egg環境指数 大幅に低下」「・・」
「・・ ・・ ・・」        
「回復・再生 不能」
「・・ ・・ ・・」
「事後処理 自然回帰操作プログラム実行」
「生物等リセットアクション スタンバイ」
「・・」
「GO!」
「・・ ・・ ・・」
「アンモナイト 恐竜 ・・ 消滅」
[OK」
                     
「GOOD BY」

地球環境の改質に失敗した宇宙船Nebula・egg]は、次の候補地を目指して立ち去っていった。紫外線により生み出された変種に、リセット機能が働かなかったことを彼らは知らない。その地には藻類と細菌などのコロニーを含む、奇妙な形のcomplexが残されることになった。そして、恐竜に追われ恐怖におののいていた哺乳類は、この日から地上に姿をあらわし、覇者としての進化をとげていくのであった。


  
                  

[第五章 弥生時代後期 111年 天狗のくれた麦飯]

徐福の子孫の帰福は祖先の志を受け継いでいた。富士山麓での父母の元を離れ旅を続け、浅間山を見上げる御牧ケ原の冷涼な台地に移り住んだ。そして他に類を見ない良質な馬を育て、土器を焼きながらも蓬莱の嶺を探し続けていた。そして、火の山の湯の湧くところ、雪を赤く染める地のことを知り希望に燃えた。火の山に潜む民は湯に浸りてこれを食すという。しかし、飯代わりに腹が満ちるということではない。食することにより、内臓の働きだけでなく精神の働きもスムースになるという。人体に直接に効果があるというのではなく、体内に寄生する(微)生物などを活性化させることで、ホルモンや酵素の分泌を促し、バランスを正常に保つ機能が生まれるためなのだ。その上、すでに損傷を受けている細胞や器官の修理、修復も引き受け、染色体mapに適切な指令を書き込んでくれる。

帰福は天狗の与えてくれた麦飯・・天狗の麦飯・・と山の民が呼んでいるモノを手に入れると、里の民とも分かち合うことで豊かな桃源郷への夢を一歩一歩手繰り寄せていった。だが、禍福は糾(あざな)える縄の如し、と言われるように帰福の幸せな日々は長くは続かなかった。東国で夷の民の反乱が起きたのだ。二度目の鎮圧に向かった大和武尊の別働隊は、この理想郷を見つけて彼の夢の園をねたんだ。統一に逆らうものとの烙印を押すと、一族ともども歴史からも抹殺してしまったのである。すべてを焼き払われ、強大な武力の前に帰福の夢ははかなくも消え去ってしまった。

          

その後、帰福の死を悼んだ民たちは、火の山の噴煙を見上げる小さな岡の裾に墓を築き、その霊を祀り徳を慕った。水面(みずも)に火の山を映す川は静かに流れつづけ・・2千年近い年月がゆっくりと過ぎていった。玄室を備えたこの塚が発掘され「火の雨塚」と命名されたのは20世紀も終わりのことだった。残念ながら副葬品などはすでに盗掘によってすべて失われていた。

                                      
−−−SF奇譚「天狗の麦飯・前編」終わり−−−         


              
補遺

[第六章 明治・大正時代 その研究と天然記念物の指定]

初期の文献
1843年  善光寺道名所図会巻之三 飯綱奥岳
1887年  信濃奇勝録巻之二

研究&報告をされた方々
 大野直枝
 川村多実二
 三好学
 高橋基生
 八木貞助
 他

大正8年3月21「史蹟名勝天然記念物保存法」成立
大正10年3月 小諸町の味噌塚 天然記念物に指定



  ミステリー調査員  Ameha Brothers


   ( 魅捨狸衣=タヌキの皮算用 ) ← 土遁の術 (^^;)

   

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